第一章 希望の確率はゼロに近似する 第三節
今回はリリなの回。ほんわかとクロノ君登場。
でも内容は魔法少女化したフェイトについて。
さぁ、管理局が動き出します。
続きから、ご覧ください。
でも内容は魔法少女化したフェイトについて。
さぁ、管理局が動き出します。
続きから、ご覧ください。
「高町武装隊三等空尉、本日付でL 級艦アースラへの出向となります」
「アースラクルー一同、歓迎するよ……まぁ、こんなに堅苦しくならなくてもいいか。久々にアースラに君が来て、いろいろ盛り上がってる。感謝する。まぁ、硬くならずに話そう」
「……えへへ」
停泊中のアースラ艦長室は、とても久しぶりな感じ。昔はリンディさんがいた部屋で、なにか間違ったような日本様式で彩られていたけれど、今の艦長のクロノ君は完全な仕事部屋に変えてしまっていた。壁一面に本棚が敷き詰められていて、所狭しと専門書が並んでいる。無限書庫からのレンタルものが多いらしく、長期出向の際に読んでしまうとか。そんな本の山の中に場違いに見えるいくつかの写真がなければ、この部屋は殺風景といっていいと思う。
「どうぞ、掛けて」
クロノ君に言われて、艦長室に備え付けられているソファーの元まで行った。クロノ君も仕事机を離れて、テーブルを挟んだソファーに座った。クロノ君がソファーに座ったことを確認してから、わたしもソファーに腰かけた。
「ずいぶん礼儀正しくなったね」
「だって、もう武装隊の人間なんだよ?」
「付け加えるなら、教導隊候補のエリートだもんね。小隊指揮官資格をその歳で持っている人は少ないよ」
「そうかな」
「そうさ。まぁ、候補生だからこそ次元航行部隊に出向になったんだろうね。ここでみっちり勉強してもらうさ」
「お、お手柔らかに……」
エイミィさんが艦長室に入ってきて、紅茶を置いてくれた。クロノ君にはコーヒーのマグカップだ。こういうのも、懐かしいな。
「次元航行部隊も実行部隊の指揮官クラスの人材がなかなか人手不足だからね。君なら指揮官としていろんなことが任せられるよ、教 導 隊 候 補 生 」
「高評価ありがとうございます……少しかいかぶりかも、ですよ、提 督 閣 下 」
二人して、くすっと笑った。私が教導隊候補生なのは、割と多くのアースラクルーの中で公然たる秘密になっちゃってるらしい。
「リハビリ後、魔導師ランクSを取った君がよく言うよ……もう傷は大丈夫なんだろう?」
「うん、しびれとかももうないし、医者 からも太鼓判もらってるよ」
「そうか、何よりだ。……でも、もう無理するなよ」
コーヒーをすすって、じろっと睨まれちゃった。
責められているのは、疲れがたまっていたわたしがステルス型の新型兵器の接近に気付かず、大けがをしてしまった一年半前の事件のこと。一度は半身不随とまで言われたけれど、半年で頑張ってリハビリをして、仕事に復帰できるようになった。
「その件は、ごめんなさい」
「謝らなくていい。もっとも、僕の部隊にいる限り、そんなへまはしてもらっちゃ困るけどな」
「はーい」
一見無愛想だけど、しっかり心配してくれるのがこのクロノ君。照れ隠しに紅茶を一口含む。アッサムのミルクティーだ。
「まぁ、いろいろプライベートな話もしたいんだが……今日はそんなに時間もなくてね。次の出航について、少し説明しなきゃいけない」
「うん、分かってる。また時間のあるときに話そう」
「オーケー。そしたらね……」
クロノ君は魔法を使ってエイミィさんとの通信回線を開いた。
「エイミィ、ヴェロッサを入れてくれるかい? それから、艦長室を面会謝絶にしておいてくれ」
「了解!」
クロノ君が誰かを招いたよう。私の知らない人だ。
「なのははまだ知らなかったね。ヴェロッサは僕の幼馴染でね。面白い仕事をやってるんだ」
「へー」
「『魔法少女』に関する仕事をね」
「――ッ!」
ゆっくり飲んでいた紅茶が、急に味気ないものに変わってしまう。
フェイトちゃんと私の間に立ちはだかる大きな壁、「魔法少女」。そ
の言葉が、クロノ君の口から紡ぎだされたから。
ヴェロッサさんが部屋に入ってきた。
緑の髪に、白いスーツ。青いシャツは不似合いな気がするけれど、これは私服なのかな。
私は航空武装隊の制服を着ているし、クロノ君は執務官制服を着用している。まだアースラは公務の時間だから、白スーツは入艦時にチェックが入るとか、何かと不便な気がするのだけれど。
「やぁ、お疲れ、クロノ君。それから」
「なのはです。高町なのは。航空武装隊三等空尉です」
「知ってるよ。今をときめく、未来を嘱望されてる教導隊候補生だ」
「あ、あの、ヴェロッサさんは」
年齢が少し上の人みたいなので、緊張してしまった。どこの所属なのか、ひとまず質問してみる。
「ヴェロッサは本局査察部に所属している査察官だよ。査察部は――なのはは知らないか」
「教導隊に入るのなら、本局のシステムも把握しておいた方がいいよ」
「あ、えっと……」
少し咎められた気がして、目を泳がせてしまう。でも査察部って、陸士訓練校で習ったっけ。やっぱり三ヶ月の短期プログラムだったから、このあたり勉強しきれてないのかなぁ。
《Master, you studied its system when you belonged to officer school.(査察部のシステムは士官学校で学んだものですよ)》
「ん?」
レイジングハートが声をかけてきた。もう、こっちの思考を二人にばらさないでよ。
「はは、忘れちゃったのか」
ヴェロッサさんもレイジングハートの声に反応しちゃった。
「座学がちょっぴり苦手だったなのはらしいや。レイジングハートは、よく覚えていたね」
《It’s quite natural to remind memories with my master.(私のマスターとの記憶を思い出すことなんて容易いことです)》
クロノ君の一言は余計だと思う。レイジングハートは頼りになるけれど、たまにこうやって私に厳しい反応をしてくる。
「まぁ、自己紹介がてらに査察部については説明するよ」
俯いてしまった私にヴェロッサさんが声をかけてくれる。
「その前に、二人とも座って」
「ああ、そうするよ、クロノ。それで、だね」
ヴェロッサさんは、私が座ったのを確認すると、査察部の説明を始めてくれた。
「査察部は、本局内部のいろんな部署や、その他様々な次元世界にまたがる組織が不正をしていないかチェックしている部局なんだ。今は、ミッドチルダ第一管理世界を統括する、いわゆる地上本部 のチェックをしているよ」
「不正のチェック……」
「ああ。ヴェロッサは古代ベルカのレアスキル持ちでね。査察部の中でも、かなり優秀な人材だ。勤務態度を除けばね」
「おいおい、君までシャッハのようなことを言うのかい……ケーキ持ってきたんだけど、食べるかい?」
「話を逸らすなよ。それに、僕は甘いものは好きじゃ――」
「甘さ、控えめ」
「……まぁ、頂くとしよう」
エイミィさんが持ってきていたポッドから、ヴェロッサさんのコップに紅茶を注いでいる間に、ヴェロッサさんはケーキを切り分けていた。
「査察部の制服って、白のスーツなんですか?」
「あ、うん。黒が基調の執務官服は、どんな悪にも染まらない、という意味だよね。それに対して査察部は、どんな悪事も吸い込んで叩き潰せるように、という意味で白色なんだ。あと、制服を嫌う部局でね。白い服ならなんでもいい、ってことになってるよ」
「そうなんですね」
ヴェロッサさんが切り分けて皿に盛ったケーキを受け取る。
「さて、主題といこうか。フェイト・テスタロッサの身元調査が最初の依頼だったね」
「フェイトちゃんの身元調査?」
私が驚いた声を挙げると、クロノ君が説明を始めてくれた。
「フェイトが執務官補佐の嘱託をやめて、地上本部 の諜報部に入ったのは知ってるよね」
「うん」
二か月前、フェイトちゃんは頑張って勉強していた執務官試験を受けるのを止めて、地上本部の諜報部という組織に入っていった。かなりのお偉いさんから直接口説かれた、と聞いている。武装隊の下部組織ということにはなっているけれど、それは形だけのもので、実際は最高評議会直属の部隊がいろんな次元世界の組織に配分されている云々……というのが、クロノ君からこの前聞いたお話。
「なんでフェイトが諜報部なんて世界に入って行ったのか。僕も、母さんも不思議に思っていたんだ」
「リンディさんも……?」
リンディ・ハラオウンさん。P ・T 事件。私が初めて魔法に出逢った事件でお世話になった、クロノ君のお母さんだ。昔のアースラの艦長さんだったんだけど、今は本局での内勤に異動している。
「母さんはフェイトの法的な後見人でもある。ある意味養子のようなフェイトの進路を心配しているのさ」
クロノ君はそこでコーヒーを飲んで一息をついて、
「諜報部はインテリジェンス組織だ。管理局の体制維持のために、かなり汚いこともやっている。超法規的措置が認められていることもあって、潜入調査から始まって暗殺、戦争の原因づくり、スパイ行為……ありとあらゆることをやっているわけだ」
「そんな……そんなところに、フェイトちゃんが?」
フェイトちゃんはそんな組織に入っていくような子じゃないはずだった。P・T事件で闘いあった後、「高町さん」としか呼んでくれなかったという、どうにも距離が縮まらないもどかしさはあったけれど、それでもときどき私の話に微笑みを浮かべてくれるような心優しい友達だったはず。闇の書事件の時だって、秘密の能力を使って私に協力してくれていたのに。
「フェイトが自発的に諜報部に入るとは、僕も母さんも信じちゃいない。誰かに騙されたか、何か弱みを握られているか、どちらかだと踏んでね。フェイトの周りをヴェロッサに調べてもらった」
「調べてみた結果だけど、やっぱりそのフェイト・テスタロッサという子は本人の意思で異動したんじゃなかったよ。諜報部からヘッドハンティングがあった」
「そうか」
「そのヘッドハンティングなんだけどね、今の諜報部の人事をとり行っているのが、M課に近い連中だったんだ」
「M課だと? トップシークレット事項じゃないか」
クロノ君が顰め顔でヴェロッサさんに問いかける。
「あ、あの……M課って?」
聞いたことが無い組織だったから、クロノ君に聞いてみた。
「僕も詳しくは知らない。隠し事の好きな、怪しげな連中だからね。ただ、興味本位で調べてみたことがあったんだ。フェイトに付きまとってる奴がその課にいることは知っていたからね。Mが何の略かも、最近つきとめたよ」
「それは?」
ヴェロッサさんの問いに、クロノ君は少し黙った。
「ここ以外では、知らないことにしておけよ……〝魔法少女〟課だ」
「それって……フェイトちゃんを苦しめてるあの魔法少女?」
「そうだ」
しばし、わたしたちは沈黙した。
わたしたちの間でも、「魔法少女」というワードは禁句指定されている言葉の一つ。P・T事件の解決のときにも、管理局の技術水準ですら分からない現象のことだったから、というのが理由の一つ。あのときは、管理局の技術ですら驚いていたのに。それからもう一つの理由は、どうもフェイトちゃんが「魔法少女」になってしまったことで、なかなか心の壁を乗り越えられないことが一つ。
フェイトちゃん……私が魔導師になったきっかけの子で、いまだに名前で呼んでくれない子。とても強くて、何度も模擬戦をやって、それなのに「高町さん」としか呼んでくれない。恥ずかしがってるわけじゃない。フェイトちゃんは、無理に私と距離を取ろうとしてるんだということは、言ってくれなくても分かっちゃうことだった。
「〝魔法少女〟については、クロノ君が追っている事項だったよね?」
「ああ、ヴェロッサ。フェイトが絡んでる正体不明のものだから、P・T事件以降、どうしても胸糞悪くてね。管理局の一部が隠し通している、本局の技研ですら検証不能な魔法体系。あれは、どうも第97管理外世界にみられる現象らしい」
「第97管理外世界?」
「私の世界。地球、だね」
ここで私の世界の話が出てくるのは意外だった。
「〝魔法少女〟で分かっていることは、表向きにはそれが願い事を叶える夢のシステム……と噂されてるんだけど、そんな都合のいい話なわけがなくてね。悪いと思ったけど、一度フェイトが地球に降りたときにつけてみたんだ。そうしたら、あるところで見失った」
「それって……」
「クロノ君がミスしたのか?」
「ありえないよ。クロノ君のバインドと反射神経は、現役管理局員随一なんだから」
「まぁ自分でいうのもなんだが、フェイトがソニックモードを使ったのだとしても、目で追える自信はあるよ。あれは、見失ったというより、消えた、と言った方がいいんだと思う。何しろ、その二分後くらいに、急にフェイトがまた同じ場所に現れたのだから。何かよく分からない宝石のようなものを持ってね」
クロノ君から魔法少女の話を聞くのは初めてだった。フェイトちゃんが魔法少女になったということは、P・T事件のなりいきから分かっていたことではあるんだけど……魔法少女が何のことなのか、フェイトちゃんの身に何が起きているのか、P・T事件の担当執務官のクロノ君からも、当事者のフェイトちゃんからも聞いたことはなかった。
フェイトちゃんは、事件の後に一度だけ「ああしないと、母さんを救えなかったから……」と言ってくれたことがあった。それ以上を追及しようとすると、決まってクロノ君が「察してやれ」という目くばせをしてきた。なかなかお話ができないもどかしさ。近づいたようで、離れていく私たちの距離。
闇の書事件のときもそうだ。何か不思議な技を使って、闇の書の管制機関を――
不思議な、技?
「諜報部そのものへのアプローチは、いくら《無限の猟犬 》を使っても厳しいかな。セキリュティが強すぎる」
「分かってる。無理はするな」
「ああ。でも、一つだけ収穫がある。地上本部諜報部の人事が使ってるダミー会社……そこの資金の動きを追ってみた。フェイト・テスタロッサが諜報部に入る直前に、膨大な資金がダミー会社に移っていてね。資金の送り元は、巧妙に偽装はされていたが、M課のダミー会社だったよ」
「ダミー会社からダミー会社に資金が移動しているわけか」
「そう。それでね」
ヴェロッサさんはケーキを一口頬張って、続けた。
「M課のダミー会社の資金移動を数年前まで遡って調べた結果、高町三等空尉襲撃事件の例の研究所がヒットしたよ。クロノ君の推測通りにね」
私の名前が急に出てきたことに驚く。クロノ君の方を向いたら、顰め顔が一層険しくなった。
「なのは、これから話すことは――君の記憶喪失に関する話だ」
「アースラクルー一同、歓迎するよ……まぁ、こんなに堅苦しくならなくてもいいか。久々にアースラに君が来て、いろいろ盛り上がってる。感謝する。まぁ、硬くならずに話そう」
「……えへへ」
停泊中のアースラ艦長室は、とても久しぶりな感じ。昔はリンディさんがいた部屋で、なにか間違ったような日本様式で彩られていたけれど、今の艦長のクロノ君は完全な仕事部屋に変えてしまっていた。壁一面に本棚が敷き詰められていて、所狭しと専門書が並んでいる。無限書庫からのレンタルものが多いらしく、長期出向の際に読んでしまうとか。そんな本の山の中に場違いに見えるいくつかの写真がなければ、この部屋は殺風景といっていいと思う。
「どうぞ、掛けて」
クロノ君に言われて、艦長室に備え付けられているソファーの元まで行った。クロノ君も仕事机を離れて、テーブルを挟んだソファーに座った。クロノ君がソファーに座ったことを確認してから、わたしもソファーに腰かけた。
「ずいぶん礼儀正しくなったね」
「だって、もう武装隊の人間なんだよ?」
「付け加えるなら、教導隊候補のエリートだもんね。小隊指揮官資格をその歳で持っている人は少ないよ」
「そうかな」
「そうさ。まぁ、候補生だからこそ次元航行部隊に出向になったんだろうね。ここでみっちり勉強してもらうさ」
「お、お手柔らかに……」
エイミィさんが艦長室に入ってきて、紅茶を置いてくれた。クロノ君にはコーヒーのマグカップだ。こういうのも、懐かしいな。
「次元航行部隊も実行部隊の指揮官クラスの人材がなかなか人手不足だからね。君なら指揮官としていろんなことが任せられるよ、
「高評価ありがとうございます……少しかいかぶりかも、ですよ、
二人して、くすっと笑った。私が教導隊候補生なのは、割と多くのアースラクルーの中で公然たる秘密になっちゃってるらしい。
「リハビリ後、魔導師ランクSを取った君がよく言うよ……もう傷は大丈夫なんだろう?」
「うん、しびれとかももうないし、
「そうか、何よりだ。……でも、もう無理するなよ」
コーヒーをすすって、じろっと睨まれちゃった。
責められているのは、疲れがたまっていたわたしがステルス型の新型兵器の接近に気付かず、大けがをしてしまった一年半前の事件のこと。一度は半身不随とまで言われたけれど、半年で頑張ってリハビリをして、仕事に復帰できるようになった。
「その件は、ごめんなさい」
「謝らなくていい。もっとも、僕の部隊にいる限り、そんなへまはしてもらっちゃ困るけどな」
「はーい」
一見無愛想だけど、しっかり心配してくれるのがこのクロノ君。照れ隠しに紅茶を一口含む。アッサムのミルクティーだ。
「まぁ、いろいろプライベートな話もしたいんだが……今日はそんなに時間もなくてね。次の出航について、少し説明しなきゃいけない」
「うん、分かってる。また時間のあるときに話そう」
「オーケー。そしたらね……」
クロノ君は魔法を使ってエイミィさんとの通信回線を開いた。
「エイミィ、ヴェロッサを入れてくれるかい? それから、艦長室を面会謝絶にしておいてくれ」
「了解!」
クロノ君が誰かを招いたよう。私の知らない人だ。
「なのははまだ知らなかったね。ヴェロッサは僕の幼馴染でね。面白い仕事をやってるんだ」
「へー」
「『魔法少女』に関する仕事をね」
「――ッ!」
ゆっくり飲んでいた紅茶が、急に味気ないものに変わってしまう。
フェイトちゃんと私の間に立ちはだかる大きな壁、「魔法少女」。そ
の言葉が、クロノ君の口から紡ぎだされたから。
ヴェロッサさんが部屋に入ってきた。
緑の髪に、白いスーツ。青いシャツは不似合いな気がするけれど、これは私服なのかな。
私は航空武装隊の制服を着ているし、クロノ君は執務官制服を着用している。まだアースラは公務の時間だから、白スーツは入艦時にチェックが入るとか、何かと不便な気がするのだけれど。
「やぁ、お疲れ、クロノ君。それから」
「なのはです。高町なのは。航空武装隊三等空尉です」
「知ってるよ。今をときめく、未来を嘱望されてる教導隊候補生だ」
「あ、あの、ヴェロッサさんは」
年齢が少し上の人みたいなので、緊張してしまった。どこの所属なのか、ひとまず質問してみる。
「ヴェロッサは本局査察部に所属している査察官だよ。査察部は――なのはは知らないか」
「教導隊に入るのなら、本局のシステムも把握しておいた方がいいよ」
「あ、えっと……」
少し咎められた気がして、目を泳がせてしまう。でも査察部って、陸士訓練校で習ったっけ。やっぱり三ヶ月の短期プログラムだったから、このあたり勉強しきれてないのかなぁ。
《Master, you studied its system when you belonged to officer school.(査察部のシステムは士官学校で学んだものですよ)》
「ん?」
レイジングハートが声をかけてきた。もう、こっちの思考を二人にばらさないでよ。
「はは、忘れちゃったのか」
ヴェロッサさんもレイジングハートの声に反応しちゃった。
「座学がちょっぴり苦手だったなのはらしいや。レイジングハートは、よく覚えていたね」
《It’s quite natural to remind memories with my master.(私のマスターとの記憶を思い出すことなんて容易いことです)》
クロノ君の一言は余計だと思う。レイジングハートは頼りになるけれど、たまにこうやって私に厳しい反応をしてくる。
「まぁ、自己紹介がてらに査察部については説明するよ」
俯いてしまった私にヴェロッサさんが声をかけてくれる。
「その前に、二人とも座って」
「ああ、そうするよ、クロノ。それで、だね」
ヴェロッサさんは、私が座ったのを確認すると、査察部の説明を始めてくれた。
「査察部は、本局内部のいろんな部署や、その他様々な次元世界にまたがる組織が不正をしていないかチェックしている部局なんだ。今は、ミッドチルダ第一管理世界を統括する、いわゆる
「不正のチェック……」
「ああ。ヴェロッサは古代ベルカのレアスキル持ちでね。査察部の中でも、かなり優秀な人材だ。勤務態度を除けばね」
「おいおい、君までシャッハのようなことを言うのかい……ケーキ持ってきたんだけど、食べるかい?」
「話を逸らすなよ。それに、僕は甘いものは好きじゃ――」
「甘さ、控えめ」
「……まぁ、頂くとしよう」
エイミィさんが持ってきていたポッドから、ヴェロッサさんのコップに紅茶を注いでいる間に、ヴェロッサさんはケーキを切り分けていた。
「査察部の制服って、白のスーツなんですか?」
「あ、うん。黒が基調の執務官服は、どんな悪にも染まらない、という意味だよね。それに対して査察部は、どんな悪事も吸い込んで叩き潰せるように、という意味で白色なんだ。あと、制服を嫌う部局でね。白い服ならなんでもいい、ってことになってるよ」
「そうなんですね」
ヴェロッサさんが切り分けて皿に盛ったケーキを受け取る。
「さて、主題といこうか。フェイト・テスタロッサの身元調査が最初の依頼だったね」
「フェイトちゃんの身元調査?」
私が驚いた声を挙げると、クロノ君が説明を始めてくれた。
「フェイトが執務官補佐の嘱託をやめて、
「うん」
二か月前、フェイトちゃんは頑張って勉強していた執務官試験を受けるのを止めて、地上本部の諜報部という組織に入っていった。かなりのお偉いさんから直接口説かれた、と聞いている。武装隊の下部組織ということにはなっているけれど、それは形だけのもので、実際は最高評議会直属の部隊がいろんな次元世界の組織に配分されている云々……というのが、クロノ君からこの前聞いたお話。
「なんでフェイトが諜報部なんて世界に入って行ったのか。僕も、母さんも不思議に思っていたんだ」
「リンディさんも……?」
リンディ・ハラオウンさん。
「母さんはフェイトの法的な後見人でもある。ある意味養子のようなフェイトの進路を心配しているのさ」
クロノ君はそこでコーヒーを飲んで一息をついて、
「諜報部はインテリジェンス組織だ。管理局の体制維持のために、かなり汚いこともやっている。超法規的措置が認められていることもあって、潜入調査から始まって暗殺、戦争の原因づくり、スパイ行為……ありとあらゆることをやっているわけだ」
「そんな……そんなところに、フェイトちゃんが?」
フェイトちゃんはそんな組織に入っていくような子じゃないはずだった。P・T事件で闘いあった後、「高町さん」としか呼んでくれなかったという、どうにも距離が縮まらないもどかしさはあったけれど、それでもときどき私の話に微笑みを浮かべてくれるような心優しい友達だったはず。闇の書事件の時だって、秘密の能力を使って私に協力してくれていたのに。
「フェイトが自発的に諜報部に入るとは、僕も母さんも信じちゃいない。誰かに騙されたか、何か弱みを握られているか、どちらかだと踏んでね。フェイトの周りをヴェロッサに調べてもらった」
「調べてみた結果だけど、やっぱりそのフェイト・テスタロッサという子は本人の意思で異動したんじゃなかったよ。諜報部からヘッドハンティングがあった」
「そうか」
「そのヘッドハンティングなんだけどね、今の諜報部の人事をとり行っているのが、M課に近い連中だったんだ」
「M課だと? トップシークレット事項じゃないか」
クロノ君が顰め顔でヴェロッサさんに問いかける。
「あ、あの……M課って?」
聞いたことが無い組織だったから、クロノ君に聞いてみた。
「僕も詳しくは知らない。隠し事の好きな、怪しげな連中だからね。ただ、興味本位で調べてみたことがあったんだ。フェイトに付きまとってる奴がその課にいることは知っていたからね。Mが何の略かも、最近つきとめたよ」
「それは?」
ヴェロッサさんの問いに、クロノ君は少し黙った。
「ここ以外では、知らないことにしておけよ……〝魔法少女〟課だ」
「それって……フェイトちゃんを苦しめてるあの魔法少女?」
「そうだ」
しばし、わたしたちは沈黙した。
わたしたちの間でも、「魔法少女」というワードは禁句指定されている言葉の一つ。P・T事件の解決のときにも、管理局の技術水準ですら分からない現象のことだったから、というのが理由の一つ。あのときは、管理局の技術ですら驚いていたのに。それからもう一つの理由は、どうもフェイトちゃんが「魔法少女」になってしまったことで、なかなか心の壁を乗り越えられないことが一つ。
フェイトちゃん……私が魔導師になったきっかけの子で、いまだに名前で呼んでくれない子。とても強くて、何度も模擬戦をやって、それなのに「高町さん」としか呼んでくれない。恥ずかしがってるわけじゃない。フェイトちゃんは、無理に私と距離を取ろうとしてるんだということは、言ってくれなくても分かっちゃうことだった。
「〝魔法少女〟については、クロノ君が追っている事項だったよね?」
「ああ、ヴェロッサ。フェイトが絡んでる正体不明のものだから、P・T事件以降、どうしても胸糞悪くてね。管理局の一部が隠し通している、本局の技研ですら検証不能な魔法体系。あれは、どうも第97管理外世界にみられる現象らしい」
「第97管理外世界?」
「私の世界。地球、だね」
ここで私の世界の話が出てくるのは意外だった。
「〝魔法少女〟で分かっていることは、表向きにはそれが願い事を叶える夢のシステム……と噂されてるんだけど、そんな都合のいい話なわけがなくてね。悪いと思ったけど、一度フェイトが地球に降りたときにつけてみたんだ。そうしたら、あるところで見失った」
「それって……」
「クロノ君がミスしたのか?」
「ありえないよ。クロノ君のバインドと反射神経は、現役管理局員随一なんだから」
「まぁ自分でいうのもなんだが、フェイトがソニックモードを使ったのだとしても、目で追える自信はあるよ。あれは、見失ったというより、消えた、と言った方がいいんだと思う。何しろ、その二分後くらいに、急にフェイトがまた同じ場所に現れたのだから。何かよく分からない宝石のようなものを持ってね」
クロノ君から魔法少女の話を聞くのは初めてだった。フェイトちゃんが魔法少女になったということは、P・T事件のなりいきから分かっていたことではあるんだけど……魔法少女が何のことなのか、フェイトちゃんの身に何が起きているのか、P・T事件の担当執務官のクロノ君からも、当事者のフェイトちゃんからも聞いたことはなかった。
フェイトちゃんは、事件の後に一度だけ「ああしないと、母さんを救えなかったから……」と言ってくれたことがあった。それ以上を追及しようとすると、決まってクロノ君が「察してやれ」という目くばせをしてきた。なかなかお話ができないもどかしさ。近づいたようで、離れていく私たちの距離。
闇の書事件のときもそうだ。何か不思議な技を使って、闇の書の管制機関を――
不思議な、技?
「諜報部そのものへのアプローチは、いくら《
「分かってる。無理はするな」
「ああ。でも、一つだけ収穫がある。地上本部諜報部の人事が使ってるダミー会社……そこの資金の動きを追ってみた。フェイト・テスタロッサが諜報部に入る直前に、膨大な資金がダミー会社に移っていてね。資金の送り元は、巧妙に偽装はされていたが、M課のダミー会社だったよ」
「ダミー会社からダミー会社に資金が移動しているわけか」
「そう。それでね」
ヴェロッサさんはケーキを一口頬張って、続けた。
「M課のダミー会社の資金移動を数年前まで遡って調べた結果、高町三等空尉襲撃事件の例の研究所がヒットしたよ。クロノ君の推測通りにね」
私の名前が急に出てきたことに驚く。クロノ君の方を向いたら、顰め顔が一層険しくなった。
「なのは、これから話すことは――君の記憶喪失に関する話だ」
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